自己責任





琉海@ブログ管理人です。

ビジョンを叶えるために、どんなことをすべきか?を考えるときに、他人のやってみた後を通ってみる方法がまっさきに浮かびます。
だって、自分がやったことがないから。

だからモデルを探す。
できるだけ、成功の確率が高いと思われるものを。

ただし、ただただ、追いかければいいという考え方は、なんだか怖い。

【自分で考えることを放棄】してしまうから。


「アノ人が、ああしたらこうなったから、自分も行く」

進むことを決断するのはよいことだと思う。
でも、だからといって、自分で進む道を都度、判断して選ぶことを放棄してはいけない。

もしも、誰かの通った道をそのまま通ることにしたとして。
そこには、すでに<セオリー>ができてしまっている。

定石――つまり、作業。

作業的に進めたところで、途中で、イヤになる。
すべてが、自分に必要というわけではないかもしれない。
同じ結果を得られるとは限らない。

なら、自分で考えた道を……最善に思える道を選べばいい。
もちろん、先に歩いている人の助言は大いに!聞くべきだと思う。
成功した方法だけでなく、失敗した方法も一緒に参照して、自分にとって最適であろうと思われる道を選び、進む。

そうした、判断材料の中から選んだものをつなげたら、先を歩いている他の誰かと同じ道だったなら、それでいいと思う。


作業的に、何かを進めることは怖い。

だって、それは。
自己責任からの、逃げだから。
むろん、自分で考えることを放棄していることにもつながるから。

そしてなにより。
誰かが辿った道を、そのまま通ろうとすると、甘えが生まれる。

▽「アノ人のあとを追いさえすればいい」
▽「アノ人はうまくいったんだから、自分はもっといい結果が出せる」
▽「……うまくいかなかった。アノ人は、自分とは違うからだ」

言い訳がしやすいんですね。

言い訳をすると、成長できません。
自己に責任を負わせず、他人や環境のせいにしていては、言い訳だけがうまくなる。失敗するのだけが、うまくなる。
――それは、遠回り。


失敗を次に生かし、最短でビジョンを顕在化するためには、まず、自分で判断すること。
その判断を、最善のものにするよう、ますます努力をすること。

なんにせよ、誰か・環境など、自分以外の何かのせいにするのではなく、すべてを自己責任においてやること。
遠回りするのがイヤなら、まず、自分に克つことだな、と思います。

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(C) 2009 ミリオネーゼの本音